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2021.01.09

番外編『姫嶋神社』

顧問の坪内です。
いつも池本工務店の事業にご支援・ご協力いただきまして、ありがとうございます。


朝起きると、関西テレビの『よーいドン』という番組で、
円広志さんが大阪市西淀川区姫島にある神社「姫嶋(ひめじま)神社」を紹介していました。

円さんと若い宮司との掛け合いで、少し「いい加減そうな神社」の様なのでお参りすることにしました。
阪神なんば線「福駅」から東へブラブラと20分程歩いて行くと、凄く立派な鳥居が有ります。


反りが立派な鳥居

なんとお参りのお客さんも多くて、皆テレビで見たんかな。
この白い建物に行列が出来ていて、ホタテ貝の殻が高く積まれています。


ホタテ貝の山と碑の中心に穴が見えます

主祭神である阿迦留姫命(アカルヒメノミコト)は、「新しいスタートを切る方」「働く女性」「女性の自立」を応援する神様らしくて、
別名「やりなおし神社」とも呼ばれるようです。

それで女性が多いんだなと納得します。


字が読みづらい由緒書き

この由緒書きは少々古くて風雨に晒されています。
ご祭神は、阿迦留姫命(アカルヒメノミコト)、住吉大神、神功皇后。
阿迦留姫命は、夫の傲慢な態度に耐え兼ね、新羅から海を渡り祖国である日本に帰る決断をします。
船に乗り、帆を立て風を受けることで、この姫島の地まで辿りつき、
島の女性たちに織物などさまざまな技術を伝え、新しい出発を果たしたと言われています。

そんないわれから、ご神徳は再起復活、女性の開運招福・心願成就、美人祈願と言われており、
「決断と行動の神さま」として信仰されています。

等と書かれています。

御朱印をいただく社務所はそとが白壁で、修繕でもしているのかなと思うような様相です。
中にも入れないので、よく分からないままに本殿に向かいました。


ホタテ貝の向こうにある白い社務所

本殿への参拝を済ませたら、この社務所で朱印をいただくらしいです。
後で聞いたのですが、この社務所は大鳥居と共に、平成294月に近畿大学の「橋口新一郎」氏によってデザインされた建物らしいです。
それでこの立派な新しい鳥居の意味が理解できました。


鳥居は立派です

多分、正月なので社務所の中の見学はできませんでした。

姫嶋神社は色々な御朱印があるようで、やはり女性に人気があるような。

阿迦留姫命は夫から逃れる際に舟を利用し、良い風に恵まれたからこそ日本に帰ることができたとか。
風は阿迦留姫命をお祀りする姫嶋神社にとって大切な存在とされている様です。

風は目で見ることはできませんが、姫嶋神社には「風をお供えする」というお参り方法があるらしく、
台の上に良い風を入れたいものを置き、二礼二拍手一礼で拝礼して、
本殿の右横にある備え付けの扇子で風車をあおいで風を発生させるようです。



本殿の右側に風車があります

私はそちらにもあまり興味がないので、情報だけを仕入れて、

通年の御朱印
季節ごとの御朱印
月ごとの御朱印
その他の御朱印
帆立絵馬付き御朱印
   ちょっと変わり種の御朱印です。
  
帆立絵馬付き御朱印「順風満帆」。

阿迦留姫命が夫から逃れて姫嶋の地で再出発されたように、
新たな出発が「帆」を増やして「順風満帆にいきますように」という願いが込められているそうです。
女性の好みそうな内容が書かれています。


断ち玉や帆立絵馬の説明文

そして、帆立絵馬と一緒に渡される赤玉は断ち玉(たちだま)と呼ばれるものです。

断ち玉とは、新しいスタートを切る時や目標・願い事を叶える為に、
断ち切らなければいけないことや物(例:弱気な自分や浪費癖、お酒など)を念じ、
その玉を碑の上部に空いた穴を通すことで封じ込めておくというものです。
このホタテの間にある塔に穴が開いています。


断ち玉を置いて願い事を書きます。

女性達が帆立絵馬に願いを書いていました。
のぞき見はしないように、そこに書いてある説明文を写しました。

帆立絵馬付き御朱印をいただいた方は、ホタテの貝殻に願いを書き、
断ち切りたいことを念じながら『断ち玉』を投げるらしいです。


祈祷方法の説明文


断ち玉を碑の真ん中に通します

ご祈祷方法
① 本殿へご参拝します。
② 帆立絵馬に夢や目標を書きます。
  夢や目標は具体的な期限も一緒に、できるだけ具体的に書くと良いそうです。
③ 夢や目標を叶えるために断ち切らなければいけないことを赤玉に念じます。
④ 念じた玉がはじまりの碑の穴を通るまで投げ続けます。
⑤ 帆立絵馬を碑にかけます

因みに私が参拝している時に赤玉を投げている人は1(お母さんと娘)ありました。


金毘羅宮


金毘羅宮

境内にはその他金刀比羅宮、元楯社、玉榮稲荷社などの御社や、万葉歌碑などがありました。
(
神社の説明分を拝借して以下の通りです)

万葉歌碑
姫嶋神社境内にある万葉歌碑には「妹(いも)な名は 千代に流れん 姫島の 小松がうれに 苔むすまでに」
この歌は河辺宮人(かわべのみやひと)により歌われたもので、万葉集の巻二に収録されている。
歌の詞書に「和銅4年(711)姫島の松原に乙女の屍(しかばね)を見て悲しびて作る歌」とある。

歌の背景
書籍『万葉の歌人と風土』によると、河辺宮人はこの乙女に関連する歌を、他に5種よんでいる。
このことから、この歌の背景に若い男女の悲しい恋物語があったらしいとして次のように想定している。

「若者が、ある乙女に恋をしたが、世間の口がうるさくて、ふたりは祝福された結婚ができない。
若者は命をかけて将来を契(ちぎ)るのだったが、乙女は姫島で入水をして自害してしまう。
悲しみのあまり若者は放浪の旅にでて、紀州、美保の松原(今の和歌山県日高郡美浜町のあたり)の洞窟にこもり、
磯辺の白ツツジを摘んでは亡き少女の面影を追い求めて、その地で生涯を終えた。
こんなストーリーだったのかもしれない」と。

最後は少し疲れて帰りは阪神電車「姫島駅」から西梅田に出ました。

どうもありがとうございました。
今年も宜しくお願いします。