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2021.03.06

番外編『てっちり鍋』

顧問の坪内です。

先週は大阪城の梅林のお話でした。
少し疲れたので「難波」で『てっちり』を食べようと言う事ととなり、そのまま地下鉄で難波に。


閑散とした道頓堀

大阪は意外と吉村知事の言う事を良く聞いているのか。
緊急事態宣言の道頓堀の五時半も、こんな感じで人通りも少ないのです。


緊急事態宣言の街並み

緊急事態が早く解除されますように (ただこれを書いている35日には解除されていました)


ホテルニュージャパンの跡地

これはホテルニュージャパンの跡地です。
「ニュージャパン」は1930年(昭和5年)創業し、
昭和27 年の設立以来、我々サラリーマンの憩いの場でありました。多分我々の通った昭和40年代から平成にかけてがピークでした。2019331日に営業を全面終了したとは非常に残念です。
そのすぐ横に『道頓堀ホテル』があります。


道頓堀ホテルの四体造

昭和50年我が国が、アジア初・日本初の「大阪万国博覧会」の熱気に沸き、大阪に世界中から観光客が集まった年に開業したらしいです。私はこの時大学2年で広島から一人「月の石」を見に来ました。昭和61年に正面玄関に「四体像」を設置され少し有名になりました。この像は向かって左から東洋人、アフリカ人、アラブ人、西洋人を表現しているようです。私達はこのホテルで毎年OB会をしているのですが、昨年は「コロナ禍」で中止となりました。今年もどうでしょうか。
宴会は中華料理が主体の美味しいコースがあります。


ふぐ料理の「与太呂」

ごちゃごちゃと言っている間に目的のふぐ料理屋「与太呂」に着きました。
ご覧の通り両側のお店のシャッターは閉じられています。

河豚(ふぐ)
ふぐは漢字で「河豚」と書きますが、「河」と書くのは中国で食用とされている「メクグ」が河川など淡水域に生息する種類のようで、このメクグが豚のような鳴き声を発するらしいので「豚」の文字が当てられてられているとか、ホンマかいなと言う訳です。

また、
下関や北九州などでは「ふく」と呼ばれていて、「不遇」あるいは「不具」につながる「ふぐ」ではなく、縁起をかついで「福」につながる「ふく」と呼んでいるそうです。関西も一部ではそのようで。


お客は一組

店内に入って見ると、一組のご麗人?たちがヒソヒソとお召し上がっています。
昔の人がフグをこっそりと食した時は、このような雰囲気であったように思います。
さて大阪では、「てっぽう」と言われるのは皆さんご存じで「たまに(偶に)当たる」を「弾に当たる」「当たると死ぬ」に掛けた言葉遊びから「てっぽう(
鉄砲)」と呼ぶようになったとか、洒落ておりますな。またまた「てっさ(てっぽうのさしみ)」「てっちり(てっぽうのちり鍋)」という料理名はここから来ているようですけど。おもろいでんな。あっそう、皆さん知って春。こりゃまた失礼しました。


メニューはこれだけ

さて、ここのメニューはこれだけです。
ここの「ちりなべ」は量が多いので通常は二人で一人前で十分です。
それに「てっさ」を二人前頼むと一人前のてっさがこのようにきます。


おおきな鍋と薬味がきます

また、瀬戸内海地方に生息する毒ふぐは名古屋を少し揶揄して、ナゴヤフグ(名古屋フグ)と呼ばれるようです。「当たれば身の終わり(
美濃尾張)になる」→「尾張といえば名古屋」の連想から「ナゴヤフグ」となったらしいですけど。


美味しそうなてっさですな

さて、さて、さって、さってさって、てっさを頂きます。
またまた、皮下のゼラチン質の部分は〈とおとうみ〉と呼んで,刻んで熱湯でゆがいて刺身に添えてあります。私はこれが中々好きです。これは三河(身皮)に接しているから遠江(とおとうみ)だという洒落だとか、またまたよろしいですな。


そうですこれが一人前

来ました来ました来ました、一人前でこんな量の河豚がきます。
ビールとてっさを頂いて、早速鍋の開始です。


フグを鍋に入れて頂きます

ひれ酒は,干したひれを少し焦がす位に火で炙ってコップに入れ,熱燗のお酒を注いだのがきます。口を持って行って飲むのがいいのです。


注ぎ酒を頂きます

やはり注ぎ酒を頂きます。少し集めの酒を注いで頂く、じっとフグのエキスが滲みだすのを待つ、この待つ時間が風味と酒の旨味を倍増させます。


いよいよ第四コーナーを曲がったおぢやです

さてそろそろおぢやの時間です。

フク料理は、一般的に高級料理として旬の冬場に食べられ、食用フグの7割が
京阪神地域で消費されるらしく、特に大阪での消費量は全消費量の6割に達するとか。フグは縄文時代から食べられていたようで、フグの骨とともに5人の同時死の人体が現れどうやらフグ毒でヤラレタのではと言われています。


最終直線に入ったおぢやです

豊臣時代に行われた朝鮮出兵の際、兵士にフグによる中毒が続出したため、豊臣秀吉はフグ食禁止を命じたり。徳川時代も、武家では「主家に捧げなければならない命を、己の食い意地で落とした輩」として、当主がフグ毒で死んだ場合には家名断絶だったとか。又、明治時代下関でフグを食した伊藤博文がその美味さに感心して(諸説あり)山口県に限り河豚食を解禁させたとか。

日本の歴史に色々と殺人事件を起こしているフグですが、素人によるフグの調理は危険なようで、日本の
食中毒原因のほとんどがキノコとフグらしいです。
ものの本によれば摂食直後から2時間程度で症状が現れ、麻痺は6時間ほどかけて悪化するらしく、毒の排出は約8時間で終わるが、症状が回復に転じるのは12時間以降であるといい。

症状としては口や唇にしびれが生じ、それが周りへ広がり、最終的には
呼吸筋麻痺し、呼吸困難から呼吸麻痺が起こり死にまするとか。

あああああああ恐ろしや美味しいやらのお話でした。
ごちそうさまでした。
ありがとうござました。