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2021.07.31

番外編 紀伊国・三十三箇所巡り①『紀三井寺』

顧問の坪内です。

いつも池本工務店の事業にご支援・ご協力いただきまして、ありがとうございます。
今回は車を飛ばして(安全運転をして)和歌山の紀三井寺に行って来ました。
駐車場から楼門までは閑散とした日曜日の昼前でした。
東京オリンピックとコロナ禍の影響でしょうか。
ひっそりジリジリと暑い階段を登ります。
正面に見えるのは楼門で前の石柱には「紀三井山護国院」とあります。


正面の桜門


楼門までの数を足すと231段もの急な階段が続きます。
この階段は結縁坂(けちえんざか)と言い、江戸時代豪商・紀伊国屋文左衛門の逸話が残っています。

親孝行の文左衛門は母を背負って紀三井寺にお参りをしている途中、草履の鼻緒が切れて困っているところ、鼻緒を挿げ替えてくれたのが「おかよ」さんです。
和歌浦湾を挟んで向かいにある玉津島神社の宮司の娘でした。
これがきっかけで2人は結ばれ、娘思いの宮司の出資金で紀州のミカンと材木を買い込み、船で江戸に持ち込んで商いで大出世したというお話はご存じでしょう。
それ以来「結縁坂」と呼ばれ、開運・商売繁盛・良縁成就の坂となったようです。


結縁坂


急な石段は、さらに女厄除坂(33段)男厄除坂(42段)と厄年にちなんだ段数で分かれている厄除の坂です。
まるで結婚した二人の人生を歩むように。
二人して観音様に願いを込めながら歩くと、さらに御利益があると言われているらしいです。


女厄除坂 33段


男厄除坂 42段


更に最後は還暦厄坂が61段待っております。
この坂が結構きついのです。60段と書いてありますが61段だったような・・・・・・・。
今年で72歳の私にはもう厄は関係ないのですが。



還暦厄除坂60段


結縁坂の途中にある小さな滝があり、清浄水と言われています。
紀三井寺の名は3つの霊泉、三井水(さんせいすい)に由来すると言われています。
三井水とは、清浄(しょうじょう)水・楊柳(ようりゅう)水・吉祥(きっしょう)水と三つの良水です。
多くの歴史書にも記され、紀州初代藩主徳川頼宣が再整備したことが記録に残っています。
環境省が発表している「名水百選」にも「紀三井寺の三井水」として、水質も良しと名水に上げられています。
ここには清浄(しょうじょう)水があり他の名水は少し離れた処にあるようです。


清浄水の瀧


清浄水の奥まった処に松尾芭蕉やそれを囲む様に後代紀州の俳人達の句碑が建てられています。
滝の音に耳を傾けて一句と思いましのか。
みあぐれば桜しもうて紀三井寺
と詠んだらしいです。
花見を期待してきたのに、既に散始めていた桜を少しがっかりして詠んだ句の様です。
折角ですので私もいつもの「七文字探し」で
ありがとう結縁坂に蝉しぐれ
ありがとう見上げる紀伊の蝉しぐれ

随分の駄作であります。


松尾芭蕉の句碑


またまた途中に「身代の大師」などもあります。
本堂に行き着くまでに綺麗な心になるように仕組まれているようです。


身代大師へ


そして待ちに待ったトイレです。
駐車場から街の中は人通りが無かったのでトイレも忘れていました。
ホットしての一服ですが、お城のようなトイレの塀です。


立派なトイレです


231
段の石段を上り詰めると、平坦な境内になっています。
右側には2008年に落慶供養が行われ、大千手十一面観世音菩薩像が安置される仏殿があります。
現代風と古い様式を合体したような大きな朱色の建物で3階の展望回廊が有るそうです。
そこから望む和歌浦は絶景らしいのですが今日は左の方へと進みます。


仏殿です


正面から左に向かって、六角堂・鐘楼・大師堂が一列に並んでおります。
まずは六角堂です。
江戸時代の寛延年間(1750年ごろ)の創建らしいです。
古くはここに西国三十三所のご本尊が祀られていたそうです。 


六角堂です


鐘楼は安土・桃山時代の天正161588)年に再建されたと伝えられています。
これも国指定の重要文化財となっています。


鐘桜です


境内は観桜の名所として名高く、
日本さくら名所100にも選ばれています。
また本堂向かって左の桜の木が
和歌山地方気象台ソメイヨシノの標本木に指定されています。
近畿地方では最も早く開花することが通例であることから、「近畿地方に春を呼ぶ寺」としても知られています。
その前の通りに面して「仏足石」などもあります。


仏足石です


やっとありました唐破風屋根を備えた本堂です。
本堂は江戸時代の中期、宝暦61759)年に建てられた、ご本尊の十一面観世音菩薩さまが祀られています。
納経所は本堂外陣左側にあります。


立派な本堂です


この階段を登ると多宝塔です。
室町時代の天文61449)年に建立され、境内では最古の建築物らしいです。
戦国時代を乗り越えてきた貴重な塔のようです。
(
由来を調べると大変興味が沸きますが紙面が無いので割愛します)


坂を上がると多宝塔です


さて境内より西側を眺めるとなんと素晴らしい和歌の浦です。
今は住宅が随分並んでいますが、昔は遠くの松のあるところまで海で、
「風光明媚」の言葉がピッタリの景色だったと思われます。


景色の良い和歌の浦です


おっとその右にある朱色の橋は何だろうか。
エレベーター入り口に続く「ひがんばし」です。
本堂脇から裏門の方へ下りて行けるようです。


「ひがんばし」はエレベーター続く


何だ、こんな処にと言う訳で、ちょっとお世話になりました。
駐車場もあり、足の悪い人もお参り出来るようにとのご配慮とか。


こんな立派なエレベーターです


結局このエレベーターは還暦厄坂の横に出てきます。
男厄除坂と女厄除坂をやはり自力で降りなければいけません。
楼門を出た右側に大きな閻魔さまの像がお見送りです。
西国三十三所の成り立ちに閻魔大王が深くかかわっておられるとか。
巡礼の始まりとされる「長谷寺」の事も勉強しなくてはなりません。


閻魔様のお見送り


閻魔様下界に返してくださいまして。

どうもありがとうございます。