2022.04.02
そして秋篠町「本当はこの辺りまでの土手にある桜並木が素晴らしい」を東流、平城小学校の北を過ぎたあたりで南に転じ平城宮跡の西をかすめ大和盆地を南下して行きます。更に「奈良ファミリー」の横を通り、近鉄奈良線を潜り「ここで今日の出発点のザコーヒー」の横を南下します。下の写真は2018年撮影した満開の桜。
2018年 撮影の『秋篠川桜並木』
それから大和郡山市までは近鉄橿原線の東を流れ、西大寺・唐招提寺や新薬師寺など奈良の観光の名所を右に控えながら流れます。大和郡山市九条町の九条公園の南で直角に東に曲がっているのは、安土桃山期に郡山城の外堀として利用するため改修したものらしいのです。(当時の城主は秀吉の義弟・秀長)。旧流路にあたるお堀端では地盤悪く、水害が多発したらしいのです。
さて今日は喫茶店「ザコーヒー」を出てそのまま『秋篠川』沿いを北上します。
尼辻橋を渡ると下記写真のように晴れ渡っています。
『秋篠川』沿いを北上
おっ桜が咲いています。
この秋篠川沿いは『佐保川』沿いの桜より規模は小さいのですが中々なものです。
今日の桜は三分咲き位です
少し桜に近づいて『秋篠川』も一緒に撮影します。
春の秋篠川も穏やかに流れております。
『秋篠川』を入れてパチリ
少し歩いて行くと右側に看板がありましたので読んでみますと
『宮人の宴』
「平城京造営以前の秋篠川はここより約300メートル東側を流れていました。当時の平城京ではこの川を利用した庭園がつくられました。そこでは宮人達による宴などが雅やかに催された事でしょう。」
などとあります。
秋篠川は、もともと平城京の中を突っ切るように斜めに横切って流れていたと言われており 、それを東西南北の碁盤目に造られた平城京に合わせて、秋篠川の流れを人工的に今の位置に替えたらしいのです。運河のような目的で西大寺・唐招提寺や新薬師寺にも物資を運んでいたとか。つまり秋篠川は人工的な河だったので、万葉集などには登場しなかったと言われているらしいのです。
『秋篠川』の説明文
少し歩いて川面を見ると水鳥が泳いでいます。
2羽いるのでつがいでしょうか。
更によく見ると鳥よりも大きな鯉がたくさん泳いでいます。
何というのどかな光景でしょう。
鳥も「恋して鯉に出会う」春ですね。
水鳥と鯉
またまた良く観察すると川の中にブロックが並べてあります。
高い方から低い方へと流れる水には様々な作用があります。水は流れる時に、物を巻き上げ、巻き込んで流れる性質があり、これを浸食作用や運搬作用といいます。
それを抑制するために設置されているブロックです。
川の流速が遅いと「藻」の付着が多い
更に良く観察すると、ブロックに付着している「藻類」が水量の遅い処は多く付着し、速い処は少なく付着しています。
面白い現象を観察出来て満足です。写真掲載の関係で多くの細かい変化写真は掲載できません。
川の流速が速いので「藻」の付着が少ない
川の水の性質を知る5つのポイントとは
2021.04.17 住宅の外部環境と小屋裏・内部環境を考える その③『農家小屋の錆びた屋根』の「屋根の上に降る雨と流れの長さによる軒先部水量の多さ原理」に似ています。(下記赤字屋根上の雨と似ています)
1. 水は高い方から低い方へと流れます。
2. 川を流れる水の速さ(流速)は川底の傾き(勾配)によって違います。
・勾配が小さいと流速は小さい(流れは遅い)
・勾配が大きいと流速は大きい(流れは速い)
3. 川を流れているのは水だけではありません
・水だけではなく砂利も流れているのです
4. 砂利を運ぶ力は水量や水の流れる速さ(流速)によって異なります。
・水量が少なく流速が小さい(流れが遅い)と、小さな砂利だけを運びます。
・水量が多く流速が大きい(流れが速い)と、小さな砂利や大きな砂利を多く運びます。
5. 水量が多くなり、運んでいる砂利が少ないと、流れる水は川底の砂利を巻き上げて運ぶようになります
・流れる水は、砂利を運ぶ性質があるので、運べるだけの砂利を運びます。
(この砂利を運ぶ性質が流水の運搬作用です。)
・流れる水は、川底の砂利を持ち去り、川底を掘り、砂利を押し流し岩盤を剥き出します。
(岩盤を削る力が流水の浸食作用です。)
・流れる水は途中で、流速が小さく、水量が減ると、多くの砂利を運ぶことができなくなります。
(砂利を川底に落とし溜めます。これを流水の堆積作用といいます。)
これが小学校の理科時間に習った「川のはたらき」の「浸食・運搬・堆積」という流水の3つの性質です。
そんな難しい話は関係なく亀が甲羅干しをしています。
春ですねー。
亀の甲羅干し
東側を見ると釣り堀池の向こうに「朱雀門」が見えます。
さらに向こうに「若草山」が座しております。
「朱雀門」と「若草山」を望む
そして振り返ると今来た「京奈和の自転車道」です。
京奈和自転車道
そう言う訳で帰り道は
秋篠やのたりのたりの春の川
でした。
ありがとうございました。