2022.04.09
下記写真の赤色地点での写りが少し悪いのは1975年「沖縄アーカイブ研究所所有で真境名敏夫氏撮影の『EXPO’75 OKINAWA』」から拝借した「沖縄海洋博迎賓館」であるからです。実はこの屋根に「かわら27型」が採用されていたのです。
今は取り壊されて在りませんが、1977年頃この屋根の補修を行うために訪れた事があります。屋根材は良かったのですが、屋根下地が「オガクズモルタル」と呼ばれたもので、野地下地の性能が悪かったのです。
「オガクズモルタル」の話は又の機会にお話ししますが、当時私は「オガクズモルタル」の代わりになる「パーライトモルタル」の開発を行っており、後に東邦レオ㈱社が販売する「スカイモル」に取って代わるようになりました。
この話は2020.06.06のブログ 雨漏りの路を考えるその⑥ 『30年間雨漏りが止まらない』 で少しお話しました。
1975年沖縄海洋博迎賓館
青色印の現在は「オクマリゾートビーチホテル」となっています。以前は日航ホテルのような気がしましたが
ホテルの本館やレストラン棟に「かわら27型」が採用されています。
30数年年前に九州に赴任していた頃、月に一度は沖縄を訪れていた時に聞いた話です。
戦後すぐにアメリカ軍に占領され将校の避暑地として没収された地帯で、沖縄返還と共に一部返還されリゾート私設として使用されているとのお話でした。今でも一部はそのように使用されているようです。
そんな訳で、超お勧めのホテルです。
オクマリゾートホテル玄関棟
今でもお手入れされて「屋根材かわら27型」が残っています。
レストラン棟です。
デザインは変形した亀甲模様が1/2ずれているように見えます。
屋根には「藍藻類」が付着しているようです。
「かわら27型」レストラン棟
さて前回と同様に「Kハウス」の別の物件です。
「屋根材かわら27型」と「同質役物ハイリッジ」の取り合わせです。
屋根形状は方形です。
ツブダイダイゴケが一般地瓦部、ハイリッジ部に程良く付着しています。
四又部の状態
上記写真の左上の箇所の拡大です。
「かわら27型」の地瓦部分で上側が軒先方向となり下がっています。
棟に近い箇所に「地衣類」が密集して付着しています。
下側には隅棟のハイリッジがあります。
ハイリッジ部には前回と同様に銅釘廻りには「地衣類」は付着していません。
「地衣類」が密集している「かわら27型」
少し手前の四又部です。
真ん中から軒先方向に掛けた部分に「地衣類」が付着しています。
その先端の段のある箇所上部には多くの付着物があります。
その段下の箇所には少しの付着物が見られます。
「地衣類」が付着している箇所とそうで無い箇所では何らかの環境の違いがありそうです。
単純に湿気や日当たりの差なのか、興味の沸く処です。
「地衣類」の有無が明確に分かれている
下記写真は隅棟を中心に右側と左側の「地衣類」の付着が明確に異なります。
「かわら27型」の地瓦部と「同質役物ハイリッジ」も同様です。
ただ「かわら27型」の地瓦部は斑模様の付着で「地衣類」の生育状態の特徴を表しています。
「同質役物ハイリッジ」は棟の稜線部分で右左が明確に分かれています。
更に銅製固定釘の箇所では「地衣類」の付着は有りません。
綺麗な斑模様になっています。
隅棟を中心に「地衣類」付着が異なる
下の写真は上側の地瓦部が下側よりも「地衣類」が多く付着しています。
やはり瓦の先端部に「地衣類」は多く付着しているように見えます。
棟近くは「地衣類」は密集して、軒先側に流れる形で斑に付着しています。
ハイリッジ棟部は手前側に「地衣類」の付着が多いようです。
が、ただ向こう側が見えないので実際には向こう側が更に多い可能性もあります。
銅釘を中心に左の剣先側には一定間隔で付着は無く、銅イオンの及ぼす範囲が分るようです。
隅棟を中心に「地衣類」付着が異なる
下屋根の付着物の状態です。
左側軒先部には少しの「地衣類」の付着があるようです。
右側の軒先下にはその付着物は少ないようです。
下屋根の「地衣類」付着
軒先・谷部の状態です。
地瓦の先端部に「地衣類」が斑に付着しています。
谷樋の近所には付着は少ないようです。
全体的には「藍藻類」が付着しています。
軒先部の「地衣類」付着
今回は「かわら27型」と「同質役物ハイッジ」の「地衣類」「藍藻類」の付着を見ました。
何かこの二つは少し異なる環境を成しているように思えます。
次回は陸屋根上現場のお話をします。
インターネットにあった「地衣類」の写真の続きです。
多くの写真を勝手に編集して掲載しています。