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2023.06.17

建物の外部被害に関わる資料 その 20 『 台風 ⑤ 』

顧問の坪内です。

室戸台風の話をいろいろな文献から調べていると川邉昭治氏の書かれた記録から
推測する事が、一番信憑性があるようです。
なぜなら氏は第二室戸台風に仕事で直接遭遇されているからです。
氏の書かれた内容を参考に第二室戸台風の観測内容を共有したいと思います。
経歴と著書は以下の通りです。
201361日気象記念日に記す著者紹介川邉昭治(かわべしょうじ)京都府出身。
気象予報士、日本気象予報士会関西支部副支部長。
元大阪管区気象台予報官、20013月気象庁定年退職。

2室戸台風と気象観測(青色記述箇所が川邉氏書籍の内容で他は私の追加文です)
1950年代の気象観測機器はすべてが「アナログ方式」が基本でした。
1960
年代には次第に改変されていきます。

我々、団塊の時代に育った技術者は
日常の実験器具も1970年代まではアナログでした。
継続記録温度計も打点温度計で
カラーインクが10点ぐらいあり、打点部が回転しながら順番に記録していたので、
同時間に多地点温度を測る事はできませんでした。

その頃の様子を、1961(昭和36)年916日に高知県室戸岬に上陸した
「第2室戸台風」の観測を中心に、
私の体験から紹介します
(前記の伊勢湾台風による大災害が発生した、
その11月に私は気象庁の正規の職員として室戸岬測候所に採用になりました)。

さて問題の気圧の記録です。
前回のブログでは
上陸時の中心気圧が低い台風で気象庁の記録によると925 hPaです。
この時は1961年ですので単位はまだ記録上は mmb なのですね。

気圧は、「フォンタン型水銀気圧計」です。
トリチェリーの実験そのままで、
ガラス製の真空の管の中にある水銀柱の高さを測るのです。
ただ、大気圧は微妙に振動しています。
とくに、台風などの場合はその振幅がかなり大きく、
目視でその平均的な高さを読み取るのは至難のわざでした。

ここでは二人一組の連携プレーですね。
私も中学の時(1962年頃)に百葉箱の温湿度・気圧・風向・風速を
何故か記憶は定かではありませんが連日観測したことがあります。
おそらく理科の先生がどこかに報告するため
と言われて連日の気象値を記録していました。
その時初めて雪の降る日に「黄砂」を観察して、
野山が真っ赤になり積雪の層切り口の中に
「黄砂」の層を発見して感激したことを記憶しています。
その時の観察も誰かと二人で行いました。

     杯型速計ウィキペディア


観測は二人一組で、相方が必ず点検をしました。
気温と湿度は、百葉箱の中に設置してある
二重管ガラス製温度計の乾湿球の読み取りです。
読み取った値は最初に「記差補正」をします。
個々の温度計の、製造過程による誤差を補正するのです。
その後、水蒸気圧を求め、湿度を算出するのですが、
割り算にはソロバンか計算尺を使いました。

40年以上前のお話ですが、
台風が接近している時に
5
階建ての中層住宅建設の現場で、
ある事情で、屋根にネットを被せる仕事をした事があります。

街灯も仮設足場も無い屋根の上で
5
6人ほどの職人にヘルメットを被らせて、

命綱を腰に着けて棟を歩かせて、
軒先やケラバにネットを固定しながらの仕事です。
かなりの風雨の中の作業でした。
今思えば随分と無茶な仕事でした。

当時の室戸岬測候所(現在は無人の特別地域気象観測所になっている)は、
観測室の出入り口から露場の百葉箱までは10数メートルでした。
台風がいよいよ接近するとなると、この間に命綱を張ります。
観測には、下着の上にゴム製の雨合羽を着て、ゴム長靴を履いて、
ヘルメットをかぶって、命綱を伝って露場を往復します。

室戸岬測候所庁舎と露場の一部(川邉氏書籍より)


台風を迎えるかのように高さ40メートルの新しい測風塔が完成し、
風向と瞬間風速は風車型風向風速計で、
風速(10分間平均)はまだ3杯型風速計での観測でした。
観測の度に40メートルの測風塔に登るようなことはなく、
3
杯型風速計は「電接計数器」とがセットです。
風速が40m/sくらいよりも強くなると、この針が時計の秒針よりも早く
カチカチカチカチと回るので、正確に10分間で計測するためには、
右目で時計を、左目で計数器を見る感じでした。

         杯型速計ウィキペディア


風向も大変でした。
風車型の前は、風信器と呼ばれていた
矢羽根型の風向計に繋がっている円筒型の記録紙を読み取るので、
あまり面倒はありませんでしたが、
東寄りや西寄りの風がこまかく振れると、
北・南象限がしょっちゅう切り替わるので、
読み間違えると風向を180度誤ってしまいますから。
2室戸台風時の、室戸岬測候所の最大瞬間風速の値は「84.5m/s以上」
が記録になっています。

4杯型風速計と風信器型風向計(川邉氏書籍より) 


瞬間風速は、「ダイスン風圧計」(矢羽根の矢の先が開いていてパイプに繋がり、
パイプから吹き込んだ風が円筒形の水槽の中の浮きを上下させることで
風速を計ります)で観測されていましたが、
台風の眼が近づいてくると急速に風が強まり、
記録紙のスケールアウトは確実になってきました。

担当者が大阪管区気象台の測器課や観測課と相談をし、
記録器の電気回路に「抵抗」を入れて、
記録ペンの振れ幅を小さくすることになりました。
更に
台風通過後、ただちにこの記録器は気象庁本庁に送られ、
専門的な検査の結果、「84.5m/s以上」を
2室戸台風の「最大瞬間風速」とすることになったのです。
その後、風車型風向風速計の記録上限は90m/sに改良されました。


2室戸台風の被害:瓦が飛ばされた職員宿舎。
 (川邉氏書籍より)

川邉氏は「第2室戸台風」1961(昭和36)年916日に
高知県室戸岬に上陸した観測内容を上記のように話されています。
ましてやそれより約30年前、1934年の室戸台風時はもっと大変で
電気も通信機能も損なわれていたとも言われています。
なぜ室戸台風の記録値が建築界では
最低気圧911 hPa、最大瞬間風速63m/s、観測時の風速計の高さ15m
になったのか。
分からないまま次に進みます。

ありがとうございます。