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2023.10.21

番外編 辰野金吾の「奈良ホテル」

顧問の坪内です。

奈良ホテルに来たのは今度で3回目です。
40年ほど前、富雄に住みだしたころ
「坪ちゃん、ランチでも行こうか」と先輩に連れて来て貰ったのが最初でした。
それから10数年前に九州から遊びに来た友達を伴って
昼食に「奈良ホテル」の日本料理店「花菊」に来ました。
その時は奈良ホテルの東側、則ち春日大社の南側に位置する
志賀直哉の旧宅を訪ねての帰りでした。
志賀直哉の旧宅は、以前何かの文章を書いたような気もします。
入口から裏庭辺りまで数寄屋風の造りと
洋風の様式が混じった間取りを覚えています。

車で奈良公園の中程を右側、則ち南に折れて23分ほど行きます。
更に右側(西)に登って行くと玄関に着きます。
1909
(明治42)年開業の「奈良ホテル」は
建築家の辰野金吾により設計されています。
辰野金吾は石とレンガの西洋建築を取り入れた
日本人建築家の一人と言われています。
そして代表作と言えば赤いレンガ壁が特徴の東京駅。
日本橋の近くにある白い石壁の日本銀行本店です。
昭和47年この日本銀行の東側に位置するビルに4ケ月居ました。
辰野金吾は「日本近代建築」の父とも呼ばれています。

今回は「三笠」のフランス料理を頂こうというプランで訪れました。

      「奈良ホテル」の正面玄関


奈良ホテルのHPに下記のような写真がありました。
今撮影している正面玄関からの写真とほぼ同じです。
奈良ホテルの歴史は5つの時代に分けられると説明されています。
まず創設期~大日本ホテル株式会社時代(明治39年~大正2年)です。
その歴史に代表されるのがこの当初からの写真です。(奈良ホテルHPより)
奈良ホテル建設の契機は、日露戦争の勝利に始まり、
日露戦争に勝った日本には来遊する外国人が急増。
そのため政府は全国の主なホテル・旅館経営者を集め、
必要な保護特典を与える旨の発表をしました。
これを受けて、関東では大倉喜八郎(帝国ホテル創業者)、
関西では西村仁兵衛(都ホテル創業者)が活動を起こしました。

正面玄関に立つと、美しい日本瓦の反りのある屋根、
白い漆喰の真壁、桃山風の華やいだ意匠が混在している建築です。