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2024.02.17

建物の外部被害に関わる資料 その 39 『 台風21号 ⑨ 』 (沖縄と大内宿)

顧問の坪内です。
いつも池本工務店の事業にご支援頂きありがとうございます。 

屋根形状の上位3つのパターンのうちの二番目は
②に寄棟です。
2面の屋根(切妻)ではなく、4面の屋根面が合わさった形状です。
屋根の一番高い稜線部頂点の面と面が合わさる部分を大棟又は水平棟と呼びます。
その棟を四方から中央に寄せている形状なので寄棟と言われています。
この四方向の棟を隅棟と言います。
勾配が長方形の建物の4面すべてに付いています。

構造的に頑丈で、切り妻と屋根の総面積が同じでも、各面の面積が小さくなります。
切り妻は2面、寄棟は4面のため、一定方向の風圧が掛る面積が小さいので風に強いのが特徴です。
この構造の特徴は頑丈なことで、台風などの風圧などに対しては最も強いとも言われています。
ただし強風が頂部に当たる棟長さが長いため、棟部での被害が多いのです。
只、一般部の雨漏りリスクは少ないのですが、
風と同様に水平棟、隅棟部の雨漏りリスクは多くなります。
この形状の屋根も世界中でよく採用される屋根の形状です。


      寄棟屋根の説明

今から約20年前の住宅支援機構調査(平成11年度)では、半数以上が寄棟屋根でした。
それが、今では激減しています。
国の太陽光政策の影響を受けて、太陽光パネルが設置し難いと言われています。
大陸文化の影響が強かった奈良時代では格式が高いと考えられて
現存する奈良時代の寺院建築は寄棟造が多いのです。
一般の住宅では東日本で多い傾向があります。
長所
①耐風性があり、台風や嵐に強い特徴があります。但し、棟構造を強くする必要があります。
②4方向全ての外壁が保護できます。(ただし、4方向の軒先を長くすることが条件) 
③壁面量が少なくなります。(外壁材が高価な場合は経済的かな)
④雨量、雪量を分散させることができます。
短所
①切妻屋根と比べると4面の接合部(隅棟)、の納まり工夫に雨漏りリスクが発生します。
②屋根裏が狭く、構造上通気性が悪くなります。
③雨樋や棟が長くなるので、役物部での雨漏りリスクが増える傾向にあります。 
④太陽光発電パネルを載せるスペースか少なくなります。

私の頭の中で「寄棟」と言えば、南の「沖縄赤瓦」と会津若松の「大内宿茅葺き」です。
(
沖縄には独特の表現があります、青字部は(NPO蒸暑地域住まいの研究会資料)を参考にしています。)
沖縄の赤瓦の家は、地面に張り付くかのように低く構えられています。
建物の高さが低いほど、風の影響を受け難くなります。
赤瓦は台風の強風で飛ばないよう、漆喰で固められています。
寄棟屋根は台風の暴風をどの方向からでも受け流せるように、
頂上から4方向に屋根の面があるのが伝統的な琉球家屋の特徴です。


赤瓦屋根にはシーサー(蒸暑地域住まいの研究会より)

玄関がなく、南向きの開口部にアマハジと呼ばれる大きな軒があります。
アマハジには日差しをさえぎり日陰を造り、風を取り込む役目があります。
多くの軒を出すので台風の強風が心配ですね。
重量のある赤瓦屋根が押さえ込むので心配はないそうです。
強風対策としては①寄棟屋根に重量がある事。
②屋敷林や石垣が防風の勢いを落とす事。
アマハジが風を和らげる理由のようです。
アマハジは『雨端』と漢字で書きます。
沖縄は雨が多い地域ですが、雨の日でも雨戸を閉めなくて、
風を取り込んで涼しさを確保する目的もあったようです。

南側のアマハジ(蒸暑地域住まいの研究会より)

ヒンブンとは、門の内側に立てられた魔除けの塀を指します。
沖縄の魔物(マジムン)はまっすぐにしか進めないので、
家に入ってくるのを防ぐ役割があります。
強固な壁は、正面から暴風が吹き込むのを防ぎます。
ヒンブンは魔除けもありますが、
屋敷の内外の微妙なコミニュケーションを計るモニュメントでもあるようです。

屋敷入口にあるヒンブン(蒸暑地域住まいの研究会より)

沖縄では赤瓦が飛ばないよう漆喰で固定していました。
2022
年から本土と同じように新築住宅に対して、
瓦の固定が義務化されたようです
つまり集落全体に対して「防風林で強風を防ぎ、
さらに屋敷林で風をやわらげ、
風速を半分以下に落として
重い屋根で家屋を守る」という二重三重の構えを施し、
強風に耐え抜くことができるのです。

法政大学の名誉教授武者英二先生等による
「沖縄における伝統的住居の形態と集合に関する調査研究」に
「屋敷林で風を和らげている」調査があります。
近くの測候所と住居周りの風の強さの比較であり興味をそそります。

風の方向と平均風速・最大瞬間風速の強さ比較
(
沖縄における伝統的住居の形態と集合に関する調査研究より)

大内宿は古い町並みが残っている事で昭和56年(1981)に宿場町としては
妻籠宿(長野県木曽町)、奈良井宿(長野県塩尻市)に次いで全国3番目に
国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されます。
因みに妻籠宿と奈良井宿は「切妻の平入の建物」が連なる宿場町です。

『図集 日本都市史』(東京大学出版会 1993年)

(以下ウィキペディア・と「建築をめぐる話・・・つくることの原点を考える 下山眞司」を参考に) 
大内宿は平安時代にはすでに宿場町の形態を引き継いでいたようですが、
明治維新後は街道制度が廃止され、大内宿を通過する事が無かった為、
次第に人や物資の往来が減少し衰退していきます。
この事は大内宿の町並みが残される大きな要因となり
昭和に入っても旧街道の両側には茅葺屋根の建物が軒を連ねていました。
時代が下がるにつれて大内宿にも近代化の流れが訪れ、
道路の舗装化や金属板葺きの屋根、アルミサッシなどが目立つようになりましたが、
大内宿を含む前後10キロには旧会津西街道の石畳や、
三郡境の塚、茶屋跡、一里塚、馬頭観世音碑などの遺構が見られ
平成14年(2002)に国指定史跡に指定されています。


『図集 日本都市史』(東京大学出版会 1993年)現在の大内宿は保存運動にも力が入り再び茅葺屋根に戻す民家が増え、
舗装道路も撤去され水路を復活するなど古来の大内宿の姿に戻りつつあります。
従って良好な町並み景観を見る事が出来ます。

      大内宿ウィキペディアより

町並みの特徴
大内宿では宿場町として町割した当初の一戸当り、
間口が6~7間、奥行が30~33間、
敷地面積約95坪、建坪約40坪です。
街道からは約3間幅の「オモテ」と呼ばれる広場を設けて、
主屋が建つという敷地割りが現在でも引き継がれています。
高台から眺めると、その形状が大変よく判ります。
建物は概ね、木造平屋建て、寄棟、平入、
茅葺屋根
敷地が細長い為に妻面が街道側を向いています。

   六角精児の飲み鉄本線NHKより


沖縄の赤瓦や大内宿の茅葺き屋根には「寄棟屋根」の資料が多くあります。
一度資料を探して探求してみては如何でしょうか。

どうもありがとうございます。