2026.04.11
土佐藩・大坂蔵屋敷はどのようにあったのでしょうかね。
土佐藩邸跡の北側に長堀通り(長堀川)があり、
鰹座橋と白髪橋が地名として残っています。
鰹座橋は、土佐の鰹をさばく鰹座があったことに
由来しているらしいのです。
白髪橋は、土佐の白髪山から檜(ひのき)を運び出し、
それを現在の地図と比較してみました。
現在の鰹座橋は、大阪市立中央図書館の前の通り(新なにわ筋)にあります。
ここまでが土佐藩邸だったようです。
西端は(新玉造橋)とあり、現在の玉造橋にあたります。
これは『土佐稲荷神社』さんの西に一致していることがわかります。
明治となり『三菱』の創業者である岩崎彌太郎は
以降岩崎家の土地としてこの一画に居を構えました。