2026.10.10
それから『浦西』さんは
持ち前の接客精神を生かして
営業マンとして日本縦断の旅に出たのです。
「札幌・すすきの」「名古屋・錦・栄」を経て
博多にやって来ていたのです。
元々は吉本興業の電気技師で
「吉本ボーリング場」で電気関連の仕事だったとか。
「ボーリング場の裏でボーリングピンを立て盗ったんや」
と皆を笑わせていました。
よって、ポーリングの腕はプロ並みで、
最低でも「180」通常は「200」を軽く超えていました。
「浦西」さんの自慢はボーリング試合で、
途中に9本スペァを取って、後は全部ストライクやった。
らしいのです。
ポーリング大会があれば一躍スターでした。
あまりにも日常会話が面白いので、
新喜劇に入るように何度か、誘われたらしいのです。
福岡では、築紫通りを南に下った「麦野」に住んでいました。
「浦西」さんの餅寝た(持ちネタ)で、「猫と寝たネタ事件があります」
「浦西」さんはこの話を『十八番』にしていて
「浦西さん猫おねがいします」
とお願いすると、「はい、分かりました」と
こうして「寿久」をスタートにした博多の夜が始まります。
まだまだ「寿久」をお題にした酒の「肴」と
お話しの「肴」が有りますが、今回はこれまでです。